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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2890号 判決 1978年5月10日

控訴人 教育社労働組合

右代表者執行委員長 三照一

右訴訟代理人弁護士 栗山和也

同 中野新

同 角尾隆信

同 山花貞夫

同 宮里邦雄

同 片桐敏栄

同 丸井英弘

被控訴人 株式会社教育社

右代表者代表取締役 高森圭介

右訴訟代理人弁護士 音喜多賢次

同 山口邦明

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

なお、原判決書添付別紙物件目録を本判決書添付別紙物件目録のとおり訂正する。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同一(ただし、請求原因2、3を「2被控訴会社は、もと東京都武蔵野市西久保二丁目七番地に本店を有していたが、昭和四六年九月に被控訴会社所有の肩書地(当時は同所二四四二番五、その後昭和四八年に現地番に変更)に本社社屋を建築移転し、同年一一月に登記簿上本店所在地を同所に移転したものであるところ、控訴組合は、同年九月二〇日被控訴会社に無断で右新本社の敷地内である別紙物件目録記載の部分に組合事務所として同目録記載の建物(以下、本件建物という。)を建築してこれを所有し、右建物の敷地を占有している。」と、同「4」を「3」とそれぞれ改める。)であるから、これを引用する。

(控訴代理人の陳述)

(一)  抗弁1(原判決三枚目表八行目から四枚目裏九行目まで)についての補足。

「我国労働組合の組織実情は、いわゆる企業内組合が大部分であることから考えれば、労働組合にとって、団結の物理的基礎である組合事務所が企業施設内にあることが日常の組合活動を行ううえで非常に重要であることはいうまでもない。

もっとも、労働組合にとって組合事務所が重要であっても、このことから当然に使用者に対して組合事務所を企業施設内に設置せよと請求する権利が発生すると主張するものではない。

しかし、憲法二八条が団結権を基本的人権として保障した趣旨にかんがみれば、使用者が労働組合に対して、団結権の基礎たる組合事務所を企業施設内に設置することは、これを勧めこそすれ、否定するものではない。労働組合法七条三号但書が組合事務所貸与を便宜供与にならないと規定していることは、労働組合の自主性確保に関して事柄を裏面から規定したにすぎず、使用者に合理的理由のない組合事務所の供与を拒否することを許したものでないことはいうまでもない。

したがって憲法二八条の趣旨からすれば、使用者は一旦供与した組合事務所を特段の合理的理由なしに、組合から奪うことは許されない。会社と組合との間の組合事務所供与契約の法的性質については、企業経営に特段の支障のないかぎり存続する一種の無名契約であり、常に貸与場所等の具体的指定や指定の変更が使用者の裁量に委ねられており、使用者はすでに特定の施設部分を組合事務所に提供している場合でも、これに代えて他の施設部分を提供することは許されるが、代替施設を提供することなしに、施設の返還を求めることは許されないのである。

本件の場合のように前記三月一二日の合意内容から、被控訴会社の移転後も組合事務所の貸与をなす旨が明確である場合には、一層、被控訴会社は一方的に合理的理由なくして控訴組合からその事務所を奪うことができないものである。」

(二)  抗弁2(原判決四枚目裏一〇行目から五枚目表七行目まで)の補足。

「被控訴会社が前記三月一二日の約定に反して、控訴組合から組合事務所を奪おうと企図し、控訴組合の再三の求めにもかかわらず、新本社に組合事務所の指定、供与をなさないため、やむを得ず控訴組合が自ら、前記契約により、被控訴会社敷地内に組合事務所の指定をなしたものであって、控訴組合の本件建物の建築は前記組合事務所供与契約の趣旨から何ら違法とされる理由はない。また、被控訴会社の組合事務所設置に対する頑な拒否は、本社移転を契機として、控訴組合から組合事務所を奪い取り、その組合活動に打撃を与えようと意図した被控訴会社の不当労働行為であると同時に権利の濫用にあたるものというべきである。

控訴組合は、このような行為に対処するために被控訴会社にとって業務上最も支障の少ない場所を選定し、旧組合事務所と同一の規模の本件建物(仮組合事務所)を設けたのであって、これは被控訴会社が前記した合意を誠意をもって具体化しない以上、やむを得ない自救行為として是認されるべきである。

すなわち、本件建物の設置は、とりもなおさず組合活動の重要な要をなす物的施設の設定の問題であるから、設置当日の状況のみを皮相的に且つ外観的にみてその当否を判断することは誤りである。その当否は、それまでの団体交渉の状況、被控訴会社の敷地建物の状態、および被控訴会社の控訴組合に対する政策など流動的な労使間の諸般の事情を総合して判断しなければならない。被控訴会社が控訴組合の存在を素直に容認するならば、容易にその建物敷地として適当な位置、場所に組合事務所を設けることができると客観的に認められるのに、これを設けようとしないときには、控訴組合が客観的に相当と認められる位置、場所に組合事務所を建設したのであれば、その使用権を容認すべきは当然である。控訴組合は九月二〇日、仮に組合事務所を設けたが、その後の団体交渉によって被控訴会社からより適当な位置、場所を示されるならばすぐにこれを解体してそこへ移動する方針をもって、その旨被控訴会社に対して通告していたのである。したがって、被控訴会社が合理的な理由もなく、自ら位置場所を指定しないとの一事によって組合事務所の設置を拒否し得るとすることは、労使関係の実体を無視し、団結権の意義を正しく把握していない誤りを犯すものというべきである。」

(被控訴代理人の陳述)

控訴代理人の右主張は、すべてこれを争う。

(当審における証拠関係)《省略》

理由

一  請求原因事実については当事者間に争いがない(ただし、前記訂正した部分については弁論の全趣旨によって争いがないものと認める。)。

二  そこで、抗弁について判断する。

1  抗弁1について

(一)  控訴人組合によって本件建物(組合事務所)が建設されるに至った経緯およびその後の経過についての当裁判所のなす認定は、次に付加、訂正するほかは、この点に関する原判決の理由説示(七枚目裏冒頭から一〇枚目裏一行目まで。ただし、七枚目裏三行目から一〇行目までを除く。)と同一であるから、これを引用する。

(1) 原判決八枚目表一行目「二〇号証」の次に「当審証人山入端辰雄の証言によって成立が認められる乙第六六号証、」と、同二行目「被告代表者本人尋問」の次に「当審証人山入端辰雄、同吉本政夫の各証言、当審における控訴組合代表者、同被控訴会社代表者の各本人尋問の結果」と加入する。

(2) 同九枚目表六行目の「要求したが、」に続けて「被控訴会社代表者は、同年七月一九日の三役交渉の席上で、新本社社屋内に組合事務所を供与することはできないけれども、その敷地内に供与する意向である旨の言明をした。しかし、その後においては、」と加え、同七行目の「拒否され、」を「拒否し、」に改め、同九行目の「予定する場所」の下に「(新本社から徒歩一〇分程度で、広さ六畳と四畳半、賃料月一万五〇〇〇円)」と挿入し、右に続く「は地理的に組合活動に支障があるとの理由で被告に受入れられず、」を「は控訴組合が、被控訴会社において新本社内に組合事務所の供与を拒否する理由が納得できないとの理由で受入れず、」と改め、同一〇枚目表三行目「前掲仮組合事務所」の下に「(約一坪)」と、同五行目末尾に続けて「さらに、被控訴会社は、昭和五一年六月に控訴組合に対して井野ビル内に約一〇畳の一室を組合事務所として供与し、控訴組合は現にこれを使用している(もっとも、その使用条件については妥結、調印に至っていない。)。」と付加する。

(3) 同六行目から八行目までを全部削除する。

(4) 同一〇行目の「被告代表者本人尋問の結果」を「原審および当審における控訴組合代表者本人の供述」と改め、それに続けて「当審証人山入端辰雄、同吉本政夫の各証言、当審における被控訴会社代表者本人の供述」と加入する。

(二)  ところで、労働組合法二条二号、七条三号は、「最小限の広さの事務所の供与」を経理援助から除外しているのであるが、これは我国における企業内組合という組織形態の特殊性と組合の財政力の貧弱という現状を考慮して、本質的には便宜供与の性質を有することを、法が単に容認しているにすぎないだけのことであるから、一般に右各規定を根拠として、組合が使用者に対して組合事務所の供与を請求し得る権利を有し、使用者がその義務を負担するものでないことは控訴人の自陳するとおりであって、いうまでもないことである。

したがって、具体的場合に使用者が現実に事務所を供与しなければならないか否かは、もっぱらそれに先立って労使間に事務所供与についての合意がなされているか否かによって決せられるべきことである。また、供与する具体的場所の位置、広さ等の条件についても先ず労使間の合意によって定められるのが望ましいことであるが、組合事務所の供与が元来、便宜供与に属すべき性質のものであることにかんがみれば、右の具体的条件の決定は究極的には前記規定の容認する限度内において、その時における使用者の裁量に委ねられているものであり、組合事務所を供与する旨のいわば抽象的合意があるからといって、具体的合意も裁量による指定もない間に、組合が一方的に具体的場所を指定して、これにつき使用権原を取得し得る謂れはないものというべきである。

しかして、組合事務所の供与が以上のごとき性質のものであることからすれば、使用者が一旦組合事務所を供与したとしても、その法律関係は賃貸借もしくは使用貸借とは異り、特定の場所に固定して使用を許すことに意味があるのではなく、またかかる拘束を伴うものでもない。しかし、組合事務所が実際上、組合活動の本拠として組合維持、運営延いては団結権確保のための手段たる機能を果たしている以上は、使用者は合理的理由なくして無条件に組合事務所の返還を求めることは許されないものというべきである。もっとも、使用者の施設管理権もまた法によって保障されているのであるから、組合も常に必らずしも、組合事務所供与の契約が存在することに依拠して、使用者に対して代替組合事務所の供与を全面かつ無条件に請求し得べきものではないというべきである。畢竟、両者はその権利の性質上できるかぎり他を害することなく維持されるべきことが要請されるわけであるが、そのためには当然両者の調整をはかることが必要となる。しかして、その調整は、結局、組合の事務所供与を求める必要性の程度と、使用者のこれによって被る不利益の性質、程度とを比較考量して決するよりほかないものというべきである。したがって、前者の必要性が後者の不利益より大きい場合には、使用者は組合の最小限の必要性に応ずる程度の代替組合事務所の供与を依然受忍すべきものであり、その供与を履行するのでなければ旧組合事務所の返還を求め得ないものと解すべきであるし、反対の場合においては、組合は先ず、旧組合事務所の返還をし、然る後、爾後の事態の変動に応じて代替組合事務所の供与の具体的履行を請求すべきものである。

そこで、右の見地に立って本件をみると、前記引用の原判決の認定によれば、昭和四六年三月一二日になされた移転後の組合事務所の供与に関する合意は、直接的には、当時の移転予定場所たる三菱ビルを意図してなされているものと解されるけれども、そのことが明示されていたわけではなく、むしろ移転後供与すべき組合事務所の場所、広さについて格別制限をした合意もなされていない以上は、前述したところからすれば、被控訴会社と控訴組合との間には、移転先の如何に拘らず旧本社内の組合事務所に代替し得る、すなわち被控訴会社の中枢部門の所在地に従前と同程度の広さの組合事務所を供与する旨の暗黙の合意がなされているものと解するのを相当とするであろう。しかし、《証拠省略》によると、旧本社社屋したがって旧組合事務所の取毀しは、被控訴会社の営業上および取毀作業の都合上、急を要するやむを得ないものであったことが認められるから、前述したところからすれば、控訴組合としては、たとえ代替組合事務所の供与に関する交渉が妥結に至らなくとも、一応の善後策を講じてでも先ず旧組合事務所の返還に応ずべきものであるといわざるを得ない。

まして、本訴は、旧組合事務所の返還を求めるものではなく、新組合事務所たる本件建物の収去を求めるものであるところ、本件建物は、被控訴会社と控訴組合との間において新本社内に代替組合事務所を供与することについて、その場所等の具体的合意に達しない間あるいは被控訴会社がその裁量によって具体的指定を行なわない間に、控訴組合が一方的に設置したものであるから、仮に被控訴会社が代替組合事務所を供与することなしに旧組合事務所の返還を求めたこと、あるいは新本社内に代替組合事務所を供与すべき合意を履行しないことをもって不当であるとしてみたところで、そのために控訴組合が本件場所に本件建物を設置し得る具体的権原を取得する筋合のものでないことは前記説示によって明らかというべきである。

また被控訴会社が昭和四六年九月二八日に控訴組合に対して、本件建物を実力では撤去しないと述べた事実のあることは前記引用の原判決の認定するとおりであるけれども、右のごとき言明をもって被控訴会社が控訴組合の本件建物の設置を容認した趣旨であるとは到底解せられないし、その他控訴組合が本件建物の敷地につき使用権原を取得したとする根拠は、これを見出し得ない。

抗弁1は、結局採用することができない。

2  抗弁2について

《証拠省略》によると、被控訴会社が新本社社屋に一部移転し、業務場所が二分された結果、控訴組合としても、組合組織の維持、拡大、団体交渉の便宜等のため、被控訴会社の中枢部門の存在する新本社内にも組合事務所を必要とするものであることは、これを認めることができる。しかるに、被控訴会社がスペースがないこと等を理由として、新本社内に組合事務所を供与することを拒否していることは、前記引用の原判決の認定するとおりである。ところで、前掲証人桜田太郎の証言、被控訴会社代表者本人の供述、その他の各証拠によっても、新本社の敷地内に旧事務所程度の広さ(約三坪)の場所を割愛、供与することができないとする理由については、未だ必ずしも首肯し難いものがあり、今後この点については被控訴会社に対して相応の対応措置を期待せざるを得ないのであるが、しかし、それはさておき、被控訴会社が前記のごとき事由に藉口して、控訴組合の分断、弱化をはかるべく、本社内から組合事務所を排除することを企図しているものとも認め難い。けだし、被控訴会社は、前記引用の原判決および前記認定のように井野ビルに組合事務所を供与し、併せて新本社附近に組合事務所を斡旋する旨の申出をしているのであって、被控訴会社が右の程度の便宜供与をもって、移転先に組合事務所を供与する旨の前記合意の履行として足りるものと考えたとしても、労働組合法の前掲規定の趣旨を被控訴会社の立場から解釈すれば、無理からぬ点もあると考えられないでもないからである。

その他、本件各証拠によって認められる控訴人の主張する団体交渉の状況、あるいは組合員に対する懲戒解雇の事実等の本件労使関係を総体的に考察し、その過程の中において新本社内の組合事務所供与拒否の事実を促えてみても、未だ右の事実をもって組合活動に対する不当労働行為にあたると断ずることはでき難い。

のみならず、右の供与拒否の事実をもって不当労働行為にあたるとしたところで、それ故に控訴組合が本件建物の敷地について使用権原を取得する謂れはなく、かえって本件建物の設置が被控訴会社の施設管理権に対する違法な侵害であることは、前述したところから明らかというべきである。

しかして、かかる違法な侵害についてまで被控訴会社に受忍義務があるということはできず、したがって被控訴会社が本件建物の存置を認めずにその収去を求めることは、被控訴会社の施設管理権の正当な行使というべきであって、不当労働行為ないし権利の濫用というにはあたらないものといわなければならない。

控訴人は、本件建物の設置をもって自力救済行為として許されるべきであるというけれども、控訴組合は被控訴会社に対して本件場所に本件建物の設置を求める具体的請求権を未だ有していないのであるから、自力救済によって維持、保全されるべき対象たる具体的権利を欠くといわざるを得ないのみならず、新本社内に組合事務所の供与を求めるにつき、法の保護を求めるいとまがなく、即時本件建物を設置しなければ、組合活動が不可能もしくは著しく困難になるおそれがあるものとも未だ到底認め難い。

なお、控訴人は、自力救済行為として適法であるか否かは、労使関係が流動的であることの特殊性を考慮して決すべきである旨強調する。

確かに、労使間の関係ないしはそれぞれの内部関係には控訴人の指摘するごとく流動的要因を多分に含むことは肯認することができるけれども、そうであるからこそ労使関係の紛争解決には右のごとき特殊性に対応する特別の方策が要請されるのである。すなわち労使それぞれが対内、対外的な流動的状況に応じて自己の立場を決定し、その立場からのみ他の権利を否定し、攻撃し合うことに終始していたのでは何時までも解決は得られないのであり、そこで、かかる事態を排して労使間に健全な秩序関係を回復樹立し、流動的状況に将来に亘っても対応し得べき妥当性のある救済を公正、迅速に実現すべく配慮して、労働組合法および関係法令は特別の救済、解決方策を設けているのである。したがって、控訴組合が組合事務所供与拒否ないしは団体交渉の拒否の事実をもって不当労働行為にあたると考えるのであれば、まさにかかる成規の方法によって救済を求めるべきであって、そうせずして実力をもって救済をはかろうとすることは、労使間の紛争であることの前記特殊性の故に、かえって法の趣旨に反することが著しいといえこそすれ、決して自力救済行為として違法性を欠くといい得るものではない。

抗弁2も採用することができない。

三  よって、被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、なお原判決書添付別紙物件目録記載の地番および家屋番号につき明白な誤謬があったので、これを本判決書添付別紙物件目録記載のとおり訂正することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 内藤正久 堂薗守正)

<以下省略>

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